| <2005年10月7日版> 白雲観を訪ねて 9月18日から25日まで、中小企業診断士のグループ(日本経営診断者協会)の中国訪問団で、北京、南寧、桂林、広州を訪問しました。北京市房山区の企業診断が終わった翌日、9月20日(火)、9時から10時40分まで白雲観を見学しました。 白雲観の場所は、第一環状線の南西、西便門から2キロの交通の便利なところにあります。中国道教協会副秘書長 孫同昌氏が挨拶に来られ、道士の案内で正門から北へ歩いて主な建物の説明を聞きながら参観しました。一番奥の本殿(三清閣・四御殿)にお参りし、脇の客室で道士の話を伺いました。 1.白雲観は唐代から始まる 白雲観は、道教の有力な流派である全真教の本山です。ここに中国道教協会の本部が置かれ、道教学院や道教文化研究所などが併設され、収蔵している道教文物も豊富で、中国道教の中心となっています。 白雲観の歴史をざっと振り返りますと、創始は唐代(西暦741年)に建てられた「天長宮」です。玄宗皇帝が老子を尊崇し道教は大いに栄えたのですが、契丹族の侵攻のため建物は戦火で焼失しました。金代(1174年)に再建され、「天長観」と呼ばれました。これも火災で焼けたのですが1203年に再建され、「太極宮」と名づけられました。金王朝の衰えとともに太極宮は荒廃しかのです。 新中国成立後、宗教はアヘンとして弾圧され、とくに文化大革命により道教は壊滅的打撃を受けました。しかし80年代に入り、新宗教政策を打ち出し文化財保護もかねて、白雲観の修復に努めています。今日では、国は白雲観を全国の道教の重点宮観とし、北京市は重要文化財として保護し、白雲観は北京の名勝の一つとなっています。 2.白雲観の建物と道教の神々 白雲観の敷地は、南北に長い長方形で、南の正門から入って北に抜ける中路がメインロードです。その両側に東路と西路があり、紫禁城と似た配置になっています。中路の突き当たりの奥は、雲集山房といって、戒律を授ける壇と庭園があります。 山門を入ると、橋(窩風橋)があり、橋を渡ると霊官殿に出ます。ここは道教護法の神(王霊官)を祭っています。その奥が玉皇大帝を祭る玉皇殿です。玉皇は古代から民衆の最高神であり、元始の存在、諸神の王です。敷地の中央に位置する大きな建物です。 さらに進むと、老律堂(七真殿ともいう、全真派の7聖人を祭る)と丘祖殿(長春真人を祭る)があります。 一番奥にあるのが三清殿・四御殿です。白雲観の本尊は、元始天尊(中央)、霊宝天尊(左)、道徳天尊(右)の三体で、三清と言われています。「道は一を生じ、一は二(陰陽)を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ず」という老子の思想を表しています(易の思想も同じ)。 元始天尊は無極、霊宝天尊は太極、道徳天尊は陰陽(天地)と老子を象徴しています。神像の構成は、仏教の釈迦三尊に似ていますが、仏教の影響が大きいと思われます。四御は三清を補助する4体の神々で、北極星や自然を神格化したものが多い。このほか、薬王殿、財神殿、非苦殿のような庶民の福禄寿の願いに応える宮殿もある。 境内はそれほど広くはなくて、1時間もあれば全体を見られます。何度も建てかえられたとはいえ古い歴史を感じさせ、道教独特の屋根、建物の造りや装飾、鐘楼とか彫刻、さまざまの神像をみると、境内各所に道教ワールドが展開されていて、興味が尽きません。 3.道教の現状と日本人の道教研究 今回の訪問で、道教が復活しつつあることを実感できたのは大きな収穫でした。しかし教学面や普及活動面で物足りない感じもしました。 |